戦争における「人殺し」の心理学

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

 きっと暴力礼賛の、「いかにして人を殺すか」に焦点を置いた本だと思っていた。
全く違った。確かに条件反射的に殺人を可能にする方法論(パブロフの古典的条件付けと、オペラント条件づけ、殺人における抵抗感の脱感作など)は後半で紹介されているがそれはこの本の主題ではない。

 むしろ、どうしてそのような条件付けが必要とされたのかが主題である。つまり、それほどまでにしないと人は人を殺さないのだという事。人は本来、同種である人間を殺す事に強い抵抗感を抱くのだ。

 しかし、この殺さない方法というのが実に多岐にわたっている。単純に発砲しないというものもあるが、戦友・上司の社会的な圧力の前ではそれもなかなか難しい。それじゃあ、って事で様々な方法が使われる。戦友と一緒に発砲する事で「俺じゃなくてあいつが殺した」という責任転嫁をする方法、物理的距離・心理的距離(相手を人間以下の畜生野郎だと思い込むこと等)をとって抵抗感を減らす事、など様々な方法がある。
本書の大半は「兵士はいかにして殺さないか」というエピソードでいっぱいだ。それが実に人間味にあふれ不謹慎かもしれないが面白いのだ。帰還兵はしばしば「自分がどれだけ人を殺さなかったか」を自慢するのだ!

 だからこそ、人は「自分が相手を殺したという事を否定できない場面」に遭遇するとものすごい葛藤、罪悪感に苦しめられる。

 もちろんその精神的なダメージは大きいが、今までの戦争は凱旋パレード等による戦士に対する社会的受容の表明、兵士達をあえて時間のかかる船で返すことによって自分の罪悪感を吐露し、死んだ仲間を悼み、互いに心の傷を癒すことによる集団セラピーができた。これがどれだけ兵士の精神衛生上すばらしいものだったのか。

 これが出来なかった、いやその大切さはわかってはいたが短期的な利益に目がくらんだ、アメリカはこれを疎かにした。その例がベトナム戦争だそうだ。

 ベトナム帰還兵のエピソードはどれも読むのがシンドイ。
どれだけ兵士の心理を理解し、癒やしを提供するかがとても大切なのだと知った。

 まぁ、将来軍医になるかどうかはわからないがそれでも精神医学的にも非常に興味深い本だった。