悪の教典

悪の教典

悪の教典

 結論から言うと、この作品は貴志祐介には珍しい失敗作だったと思う。
 サイコパスの教師が自分に都合のいいように、クラスやまわりの環境を支配する。だが、ちょっとしたほころびから事態は急速に悪化し、最終手段として教師はクラスの生徒を皆殺しにする……。
というのが筋書きである。筋書きだけ読むと結構面白そうなのだが、残念ながらあまり読んでて怖くないのだ。

 なぜか。

 それは、サイコパスである主人公の視点での描写が多いからだと思う。つまり、サイコパスの一人称が多いのだ。

 「理解できない」「不気味だ」という感情が恐怖の根源ならば、この一人称はホラー小説の手法としては大失敗だと感じた。
 
 貴志祐介は文章力が非常に高い。それは主人公への感情移入を容易にしている。本来、感情移入できるはずもないサイコパスに読者はいつのまにか感情移入してしまうのだ。
 感情移入しているものだから、サイコパスの行動も理解できないものではなく「まぁ、ちょっと異常だけど、こいつの感情としてはそういう行動をとるのもわからなくはない」という程度に弱められてしまう。
 よって、サイコパスは「理解できない不気味な存在」ではなくなってしまう。これでは主人公が全然怖く思えない。

 だから、ホラー小説としてはこの小説は失敗している。
 だが、読後に漠然とした不安を感じるのも確かだ。それは、「サイコパスに感情移入出来たって事は、俺もこれだけ残酷な犯罪をおこす可能性がある」と心のどこかで感じているからかもしれない。

 ん? まてよ? という事は、これはこれでホラー小説だなぁ……。